鉄道博物館考(4)体験系・総括

最後に体験系と総括を。




お昼ご飯はオープンスペースに椅子・テーブルが置いてあり、セルフサービスで注文するスタイルの日本食堂で懐かしの食堂車のカツカレー850円。「懐かしの食堂車の」と銘打っておりますが、果たしていつの時代の食堂車なのでしょうか。
お味は2012年現在のレベルとして、とても素直なおいしさといっていいと思います。もっというと没個性的です。
なお館内にはもう一つ食堂があり、そちらのほうがよりカジュアルらしいです。


さて、少々苦言を呈することになりますが、この食事施設については非常に残念だとしかいえません。せっかく食堂車という食事体験と密接に結びついている鉄道を扱った博物館としてこの最近の大学のカフェテリア然としているレストランをメインとしたのはどうしてでしょうか。私はこの食事施設にその施設の思想が色濃く出るものと考えております。昨今、やっと美術館・博物館・動物園では食事も体験のうちの一つとして捉えている流れが在り、私もそれを支持しています。


この鉄道博物館の食事施設は機能的ではあると思いますが、博物館に来た来客者へ直接サービスを行える食事施設にこだわりが感じられないのは本当にもったいない。駅構内の自動販売機からカシオペア北斗星などの寝台車でのサービスまで幅広いサービス水準を扱っているJR東日本ですが、こと博物館での食事に関しては新しいサービスやアイデアを発揮せずに思考を止めて第3者に丸投げしてしまったようで切ないです。


一部でもいいので、本物の食堂車を利用した食堂コーナーを設けるか食堂車をテーマにした展示と絡めるなどの工夫が必要だったと思います。事実箱根ラリック美術館では美術館の付属施設としてラリックがデザインした調度品の残るオリエント急行ル・トラン食堂車でのカフェサービスが人気ですからやり方は如何様にも出来ると思います。椅子だけでも特急車両の椅子にするとか、椅子、テーブルの配置で食堂車を再現するとかその程度でも良かったのです。


現状では社会科見学で鉄道に興味なく来た学生には値段の高めな普通の食堂としてしか見えず、訴求機会を大きく失っていると思います。こうしたサービスについてはJR九州が本当によく頑張ってくれていて、きちんと思想を持っている事が分かるのですが、JR東日本にはそうした考えが殆ど見られないのが切ないばかりです。



1週約5分くらいのミニ鉄道は200円で。実際に運転できるので子供には人気ありますし、とてもいいと思います。でもこれも閉塞区間の展示と併せてタブレットを使った運転をするとか、一ひねりが欲しかったと思います。もちろんATSやATCの展示になっているという意見もあると思いますけど、正直それは子供には意識されているように思えません。対象が完全に子供向けなので、もっとわかりやすい安全運行の仕組みを具体化したようなものにして欲しいですね。



みどりの窓口での発券体験。これは予約制で1日に1,2回やっており、一回定員が6名です。
体験系の展示としては大変面白い題材で非常に期待していったのですが、残念な結果に終わりました。大きな不満は発券できる切符が新幹線(当然JR東管内のみ)に限定されていて、大きな駅しか対象になっていないところ。しかも駅で実際に使われているマルスではなく普通のPCで作業を行うのです。わかります。子供もやるんだから簡単にしておかないといけない。それは良く分かるんですが、これではなにを体験して貰いたいのか対象がずれてしまっていると思います。一番重要なのは旧型でもいいですけど家では絶対出来ない本物で発券の体験が出来るということでしょう。


そもそも切符発券は日立の作ったマルスシステムという日本のシステム開発の中でもプロジェクトXで登場するくらい代表的なものです。この歴代マルスシステムの展示や案内が全くないのもちょっとないなと思ったのですが、この体験施設はきちんと作られているのに重要なところを子供向けにしすぎてしまっていて残念。発券後、出てくる切符も印刷した堅紙が出てくるだけで、本物感ありません。ま本物と間違わないようにという配慮だと思いますけど、それでもねえ・・・




そんな中、最高に素晴らしかったのが蒸気機関車シミュレータ。たぶん細部へのこだわりは気が狂うレベル。蒸気機関車のシミュレータを実機利用して作るというのがやっぱり凄い。これは素直に大絶賛です。実際にこれで機関士も訓練しているそうですから。監修された向谷実さんには頭が下がるばかり。



炭水車からボイラーへ投炭までできるんですからね。この投炭用の炭がまた良く出来てて本物そっくり!ボイラーも開けると音がして気持ちよく投炭可能。
これは蒸気機関車大好きなイングランドの博物館が泣いて欲しがりそうですね。



他のシミュが交通博物館からのお下がりで、皆かなり古めで映像が山手線などほぼ記録映像レベルなのは帳消し出来る!と思います。




鉄道模型ジオラマについては規模は以前の交通博物館より大きくなっており、確かに迫力はあるかもしれませんが、交通博物館時代から続く学芸員の解説はそのまま引き続いていて目新しさは皆無。せっかく新しくしたのでもっと寄れるようにするとか、せめて最低ガラスを無くすくらいはして欲しい。もしくは長方形のジオラマスタイルでは無くするとか違う新しい視点での見せ方をして欲しい。そもそも既製のストラクチャーをただばらばらと並べたジオラマは地域性が皆無で、造形も模型先進国のドイツの基準からすれば安っぽく、こだわりが一切伝わってきませんでした。JR東日本というのを押し出したいならもっと沿線の特徴的な建造物を作るなどしてくれないと面白くないでしょう。正直ここが交通博物館の遺産をただ単に利用しているだけの気がして一番がっかりした展示かもしれません。自分で運転が出来るレーンを作るとかもっと鉄道模型の持つ面白さを表現して欲しかった。


あと、更にいえばここで走っている車両のチョイスがJR東日本に偏りすぎていて、これはやり過ぎだと思いました。寝台列車カシオペアはあってもトワイライトエクスプレスは無く、新幹線もE5系メイン。仮にこれをやるなら上でも書いてるように地域性入れないと受け取る方は複雑な気持ちになりますよ。


ちなみに2階には長い年表と共に鉄道記念物などの展示もありました。

甲武鉄道のトンネルの上に掛かっていた兜。

たからコンテナの実物。


その他交通博物館から引き継いだ雑多な模型やらヘッドマークやら機械などは隅の小部屋に押し込まれており、若干黒歴史化。これはどうしたものか・・・



パタパタ時代のマルス



交通博物館で遊びまくった表示板もこちらに格納。当然動かせない。もうひかり109号が出来ずに残念すぎる。



いいところもたくさんあった鉄道博物館ですが、上記のようにつっこみを言わざるを得ないところが何カ所かあります。


なぜこうなったのか?
前の項でも書きましたが、この博物館は車両展示に偏りすぎてて、鉄道という巨大システム全般を扱った博物館では無く、車両保存館に近い存在だと思います。ま、それはそれで楽しいのですが、鉄道の持つ魅力は車両だけではありません。鉄路をひく建設技術、トンネル、勾配、信号、保線、安全管理、駅舎、車内設備、連絡船等々パッと思いつくだけでもかなりありますよね。そういうことを見せる展示があんまり無いっていうか年表だけで済ませててほぼ無い。
鉄道全般のことは置いておいてとりあえず車両をたくさん展示するということであれば正直交通博物館別館の扱いでよかったんじゃ無いかと思います。難しいと思いますが以前の交通博物館を本当の意味での鉄道博物館として再構築して、この大宮を車両保存館とするのがベストでしょう。じゃなければ似たコンセプトの他社の施設(リニア鉄道館九州鉄道記念館など)と同じように博物館とつけないほうが良かったと思います。



朝10時の開館から夜6時の閉館まで見続けた鉄道博物館でしたが(常時全力!)、そんなことを感じながら帰路につきました。